昨今、人に投資することで企業全体の生産性や業績が向上するという健康経営の考え方が、日本全体の職場に浸透しつつあります。実際に、健康経営優良法人に認定された企業の株価が上昇し、健康経営の効果が実証されつつあります。健康経営優良法人の認定基準に女性の健康保持・増進が初めて組み入れられたのは2019年の大規模法人部門であり、2021年にはその基準が中小規模事業所にも拡大されました。
しかし、「就労女性の健康保持増進のための取り組みとは具体的に何を指すのか」という明確な指針がないため、労務担当者や現場では混乱が生じていました。特に最近では、運動、栄養、体重管理などの個人データがデジタルデバイスアプリケーションで管理されることが一般的になっていますが、多くのアプリケーションが販売されている中で、その有効性や信頼性が不明なものも多くあります。そのため、職場でどのアプリケーションを従業員に使わせるべきか判断が難しいという課題があります。
そのような状況の中、令和4年度のAMEDヘルスケア社会実装基盤整備事業に、日本産業衛生学会学術委員会から推薦された私たちの研究班「働く女性の健康に関する非薬物的介入のシステマティックレビューと職域における女性の健康保持増進に向けた指針(働く女性の健康指針)作成」が採択されました。この研究班には、これまで就労女性に関する研究を行ってきたさまざまな専門分野の研究者が集まり、非薬物的介入としてデジタルデバイスアプリケーションの科学的根拠を国内外の研究から整理し、エビデンスに基づいた就労女性の健康指針を作成しました。
働く女性の健康指針は、デジタルデバイスアプリケーションのエビデンスとチェックリストの2部構成となっており、対象は一般職場で働く女性労働者です。デジタルデバイスアプリケーションは、医療機器ではないソフトウエアサービス、つまりnon-SAMD*が対象です。つまり、健康女性における一次予防が目的のアプリケーションで、病気を治療するためのアプリケーションではありません。今回、我々の研究班では、以下の①~⑥の領域におけるデジタルデバイスアプリケーションの効果について国内外の学術雑誌をシステマティックレビューの手法を用いてエビデンスを整理しました。
*Non-SaMD(ノンサムディー)とは、健康増進などの目的で利用されるデジタル技術で、Software as a Medical Device(SaMD)の非医療機器を指します。
①月経随伴症状(機能性)*
*子宮や卵巣に明らかな異常がないにもかかわらず、月経期や月経直前に強い腹痛や腰痛、頭痛などの症状が現れる病態
②運動(身体活動・体重管理・座位)
③運動(労働生産性)
④不眠
⑤禁煙
⑥育児 介護については最初の検索段階でデジタルデバイスを用いた研究がほぼなかったため対象から外しています。
この推奨案は、研究班代表者および分担研究者がMINDSのシステマティックレビューに基づいて投票し、決定しました。ただし、①月経随伴症状(機能性)、⑥育児については、先行研究の数が不足しているため、十分なレビューが行えなかったため、推奨はせず、今後の提案としてまとめています。
尚、研究代表者および分担研究者は、日本産業衛生学会のCOI委員会に利益相反の申告を行い、適切に管理されています。また指針を実際に使用するかどうかの最終判断とその結果に対する責任は、利用者自身に帰属すると考えます。
チェックリストの原型は、2008年7月に日本産業衛生学会の就労女性健康研究会と労働衛生国際協力研究会が作成した男女労働者のための健康職場づくりチェックリスト38項目です。さらに、2018年度に経済産業省が行った「働く女性の健康推進」に関する実態調査の結果をもとに、働く女性への配慮・サポートに関する21項目を参考にしてたたき台を作成しました。このたたき台は、就労女性健康研究会とともに、日本産業衛生学会総会の自由集会などでさまざまなステークホルダーと2年ほどかけてブラッシュアップし、最終的に64項目のチェックリストを完成させました。
チェックリストは、現代の就労女性の産業保健の重点領域を反映しており、①職場の環境整備、②妊娠・育児支援、③疾病と仕事の両立支援の3つの領域から構成されています。チェックリストの開発に際しては、1) 労務担当者、2) 就労女性、3) 産業保健スタッフに加えて、フェムテック事業者を含め女性を積極的に雇用している12社の企業から成る外部組織委員会を設立し、意見を集めながらブラッシュアップを行いました。
以下にその内容を簡単にまとめます。
1) 労務担当者に対して:東京証券取引所上場企業(92社)、秋田県内企業(534社)、インターネット調査(1700社)の労務担当者を対象に、指針点数と職場の正社員や育児休暇から復職する女性労働者において、チェックリストの総得点と管理職、正社員、退職者の女性割合、男女別の継続勤務年数、就労女性のバーンアウト等との相関を検討しました。
2) 就労女性に対して:インターネットリサーチ会社に委託し、20歳から69歳の就労女性を対象に、年齢階級別(5歳刻み)に300名、総計3000名に対してチェックリストの総得点と就労満足度、離職意向(バーンアウト)、労働生産性(プレゼンティーズム)等の項目の得点と相関係数を算出し、回帰モデルを用いた統計学的な検討も行いました。
3) 産業医に対して:学会や講演会などに参加した約200名を対象に、slidoのリアルタイム投票システム(web)を用いてそれぞれの項目の重要度を星5点評価で回答を求めました。
4) 外部組織委員に対して:説明会を開催し、64項目のチェックリストについて重要性と実現可能性について回答を求めました。
これらの方法論については、現在、英文論文にまとめ、査読のある国際学術雑誌への投稿を予定しています。
使いやすさや表現の見直しを外部組織委員会とともに行い、さらに大企業調査や就労女性のデータベースから得られた最終モデルの適合性を検討して、最終的に34項目のチェックリストを完成させました。
皆様の職域の女性労働者の健康管理の一助として使用していただければ幸いです。
令和7年3月31日